成果主義人事の限界『(その3)成果主義人事の12の問題点』 Author:松丘 啓司

2020年11月16日|カテゴリー「人事制度コラム
こちらのブログでは、「成果主義人事の限界」をテーマに、「現状の成果主義人事のどこが、なぜ問題なのか、どのように変えていくことが必要か」という問いに対して、全6回の連載で順を追って解説しています。
今回はその中の3回目『成果主義人事の12の問題点についてお届けします。

★前回の記事を読む
成果主義人事の限界『成果主義人事の12の問題点』
本連載ではこれまで、成果主義人事はビジネスモデルが確立したレガシービジネスにおいて、目標達成を外発的に動機付けるためのシステムであり、VUCA環境で新しい価値を創造するスタートアップビジネスには適さないことを述べました。
国内人口の減少に伴って市場規模が縮小する状況において成果主義人事を維持し続けることは、企業にとって大きなリスクであるといえます。
組織がますます疲弊するだけでなく、今後の成長領域の芽が育たないからです。

さらに当のレガシービジネス自体にも、今後、デジタル社会の波は押し寄せてきます。
ビジネスモデルが確立しているということは、AIやロボットで置き換えたり、インターネット上にビジネスそのものを移したりできる余地が大きいからです。
そうなると、人を外発的な目標管理で動機付ける必要性そのものがなくなります。
それは、さほど遠い未来の話ではないでしょう。

今回は成果主義人事の問題点をより具体的に述べたいと思います。
繰り返しますが、ここで成果主義人事と呼んでいるのは、期初に目標を立て、期末にその達成度を測定し、その結果によってレーティング(A・B・Cなどの格付け)を行い、レーティングに基づいて昇格や賞与を決めるシステムのことを指しています。

以下に成果主義人事の12の問題点を掲げます。チェックリストとして用いて、皆さんの会社で何項目が該当するかをぜひ確認してみてください。

サイクルの固定化/リードタイムの長さ

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①環境とのかい離の拡大

多くの企業において目標は年次や半期で固定化されていますが、実際のビジネスの環境は企業の会計年度で変化するわけでないことはいうまでもありません。
短サイクルの環境変化のなかで成功確率を高めるためには、変化に合わせて機敏に軌道修正を行っていくことが必要です。

ところが、環境が変わろうとも当初立てた目標をやり抜くことが優先されてしまうと、企業活動は市場の変化からかい離してしまいます。
そのかい離が大きくなるほど、組織にひずみが生じます。売り上げの架空計上やデータの改ざんといった不祥事が、目標管理によって誘発された例も少なくありません。

②期中の支援の不足

大半の企業では、上司と部下による目標管理の面談を期初、中間、期末のタイミングで実施することをルールにしています(その面談すら形骸化していることも少なくありません)。
目標管理を行うことの目的は個人のパフォーマンスを向上することであるはずですが、個人のパフォーマンスは期初や期末ではなく、期の途中の日常的な仕事を通じて向上するものです。

つまり、現状の目標管理制度では入口と出口の面談だけで、肝心の期中における1対1の面談によるパフォーマンス向上支援が欠けていることになります。
その結果、目標管理が個人のパフォーマンス向上にあまり役立っておらず、そのことが面談の形骸化を招く原因にもなっています。

③経験学習効果の不足

個人のパフォーマンス向上は成長によって可能になります。
そして、その成長の大部分は仕事の経験を通じてなされます。
いわゆる「経験学習」です。
目標を立て、やってみて、その結果を振り返って何かに気付き、その学びを次の目標設定やアクションに生かすというサイクルを繰り返すことによって、成長が促されます。
環境変化が短サイクル化している今日、経験学習のサイクルもそれに合わせて短い期間で回していくことが必要です。

しかし、目標管理制度上のサイクルは年次や半期に固定されていて、現実の経験学習サイクルと合っていません。
その結果、目標管理制度が人材開発にあまり役立たなくなってしまっているのです。

上意下達の代わり映えしない目標

成果主義人事の前提となっているウォーターフォール型の目標管理では、全社の売り上げや利益目標を達成することが大命題となっています。
そこでは毎年、前期比3パーセント増といった目標を上から下にブレークダウンしていく目標設定が行われていますが、そのことが引き起こしている悪影響は小さくありません。

成果主義人事の限界『成果主義人事の12の問題点』

④ビジョンへの関心の希薄化

毎年、代わり映えしない目標が降りてくることによって、全社の目標に対する関心が薄れてしまいます。
たとえ素晴らしい企業ビジョンを掲げていても、従業員には毎年の目標を達成した延長線上にビジョンがあるようには感じられず、どこか白けた雰囲気が強化されてしまいます。

その結果、全社目標の達成にぜひとも貢献したいという意欲がかき立てられず、自分の目標だけを追っていればよいという個人主義的な意識が強化されてしまいます。
その意識は他者とのコラボレーションの妨げにもなります。

⑤ゴール設定力の弱体化

目標が常に上から降りてくることによって、従業員は受け身の姿勢となり、仕事は与えられるものという意識が強化されてしまいます。
中間管理職も上位目標の中継役となってしまって、自分のチームの目標を自ら設定する経験が不足するため、ゴール設定力が鍛えられません。
既にビジネスモデルが確立したレガシービジネスならともかく、スタートアップビジネスにおいては自分でゴールを設定しなければ誰も決めてはくれません。

また、組織のゴールを示してかじ取りを行う経営者人材が育たず、将来的な経営力の低下を招いてしまうリスクが高まってしまいます。

達成度による評価

部門や職種が違えば成果の内容も異なるため、人の成果を一律的に比較することができません。
それでは全社的な相対評価が困難であることから、大半の企業においては目標の達成度が成果測定の共通指標として設定されています。
この達成度による評価が重大な問題を引き起こしています。

成果主義人事の限界『成果主義人事の12の問題点』

⑥安全志向(失敗の回避)

ウォーターフォール型の目標管理においては、与えられた目標の達成が最優先されます。
目標を達成するためには、大きなリスクは取らずに失敗を回避することが得策と考えられるため、安全志向の判断や行動が強化されることになります。
例えば、期の途中において大きなビジネスチャンスが現れても、やってみなければ成果が分からないようなことはやらないといった判断がなされる恐れがあります。

また、これから成功の方程式を模索するスタートアップビジネスでは、最初からうまくいくことはほとんどあり得ず、実験と検証を繰り返しながら失敗から学ぶことが重要です。
しかし、ここに達成度評価が持ち込まれると、新たな実験自体が回避され、新規事業の可能性が狭められる危険性があります。

⑦プロセス管理への偏重

ウォーターフォール型の目標管理の大命題は目標を達成することにあるため、そのマネジメントではまず達成度が管理されます。
例えば、売り上げ目標の達成度が管理される場合、売り上げという最終結果だけではきめ細かな管理ができないため、顧客の訪問件数や提案件数などのKPIの進捗状況も把握されます。
これらはすべてプロセスだけを見ていて、そこに携わる人が誰かを問いません。
もちろん、プロセス管理が不要というわけではありませんが、そこに偏重しすぎると一人ひとりを内発的に動機付ける視点が欠落してしまいます。
その結果、厳しく管理しても個人のパフォーマンスが高まらない状況に陥ってしまうのです。

相対評価によるレーティング

目標の達成度に基づいて相対評価でレーティングを行うのが成果主義人事の特徴ですが、個人の成績をランク付けするレーティング自体の問題点が、アメリカでの研究によって、いくつも指摘されています。

成果主義人事の限界『成果主義人事の12の問題点』

⑧グロースマインドセットの毀損

人が成長するためには「努力すれば成長できる」というマインドセット(グロースマインドセット)の状態にあることが必要であるという、スタンフォード大学のキャロル・ドウェック教授によるマインドセットの有名な研究があります。
ところが、ここ数年のアメリカでの脳科学研究によると、数値によるレーティングはこのグロースマインドセットを毀損してしまうことが分かってきています。
従業員の大多数を占める中間層に対して、B評価やC評価をフィードバックすることは、大勢の人々の成長可能性を阻害する結果につながっているのです。

⑨中庸意識の強化

同じくアメリカでの研究結果によると、そもそも人のパフォーマンスは正規分布しないことが検証されていますが、それを相対評価によって無理に正規分布させることで様々なひずみが生じます。
特に、正規分布では平均点周辺の人数が最も多くなりますが、そのことは「ほかの人と同じくらいの平均的な成果を出していれば安泰」という中庸意識を強化してしまいます。
ものすごくがんばらなくても中庸でよいという意識を持った人が過半数を占めるような組織では、現状の大きな変革や大幅な生産性の向上が起こりにくくなってしまいます。

⑩心理的安全の阻害

チームパフォーマンスを向上するためには、自分の思ったことを気兼ねなく発言できる雰囲気(心理的安全)が不可欠であるという、ハーバードビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授の有名な研究結果があります。
ところがレーティングは、従業員間に競争のメカニズムを持ち込むものであるために、組織の心理的安全を阻害してしまいます。
特にスタートアップビジネスにおいては、多様な人材によるコラボレーションが重要になるため、チーム内に心理的安全が存在することが、チームパフォーマンス向上のための不可欠な前提といえます。

短期業績 > 能力・行動

レーティングはその期の業績に応じた短期評価です。期末の評価会議などにおいて、レーティングを決定するために多大な時間が費やされていますが、その労力が有益に用いられているとはいいにくいのが実情です。

成果主義人事の限界『成果主義人事の12の問題点』

⑪評価エラーの多発

昇格の判断は短期業績によって行われるべきものではありません。例えば、マネジャーへの昇格は、本人にマネジメントの能力やチームを率いるリーダーシップがあるかどうかで判断されるべきものです。
しかし、年次評価のレーティングをもとに3年連続A評価以上であれば昇格といったようなルールを定めている企業も少なくありません。

その結果、本来はマネジャーの要件を満たしていないにもかかわらず短期業績がよかったために昇格したり、その逆に昇格すべき人が昇格できなかったりする、「評価エラー」が多発してしまうことになります。
明確なルールに従って昇格を決めているため、一見、公平のように感じられますが、組織にもたらす悪影響は少なくありません。

⑫育成議論の不足

評価会議における議論は過去を見ています。
その人が今期、何をしてどのような業績を残したかという過ぎたことをもとに採点するのです。
人材開発のためには本来、この先、本人にどのような経験を積ませ、何を学ばせたいかという未来指向の議論が必要です。
しかし、AかBかというレーティングを決めるための過去の議論にばかり終始し、人材開発の議論がほとんどなされていない企業が少なくありません。
その結果、組織のなかに人材開発カルチャーが育まれず、無機的な目標管理・評価制度が延々と維持されることになってしまいます。


さて、読者の皆さんの会社では12の問題点のうち、いくつが該当したでしょうか?
くの問題点が当てはまるのであれば、それをそのまま放置するのではなく、新たな発想でパフォーマンスマネジメント改革の検討を始めることが必要です。


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ゲストプロフィール

松丘啓司
松丘啓司(まつおか・けいじ)
株式会社アジャイルHR 代表取締役社長

1986年 東京大学法学部卒業。アクセンチュア入社

1992年 人と組織の変革を支援するチェンジマネジメントサービスの立ち上げに参画。以後、一貫して人材・組織変革のコンサルティングに従事

1997年 同社パートナー昇進。以後、ヒューマンパフォーマンスサービスライン統括パートナー、エグゼクティブコミッティメンバーを歴任

2005年 企業の人材・組織変革を支援するエム・アイ・アソシエイツ株式会社を設立し、代表取締役に就任(現任)

2018年 パフォーマンスマネジメントを支援するスマートフォンアプリ「1on1navi」をリリース後、株式会社アジャイルHRを設立し代表取締役に就任し、日本企業のパフォーマンスマネジメント変革の支援をミッションとして活動中

著書は多数に上るが、「1on1マネジメント」(2018年)はピープルマネジメントの教科書として多くの企業で活用されている。「人事評価はもういらない」(2016年)は人事だけでなく一般の読者にも広く読まれるベストセラーとなった。

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