成果主義人事の限界『(その4)等級と報酬の決定にレーティングはいらない』 Author:松丘 啓司

2020年11月20日|カテゴリー「人事制度コラム
こちらのブログでは、「成果主義人事の限界」をテーマに、「現状の成果主義人事のどこが、なぜ問題なのか、どのように変えていくことが必要か」という問いに対して、全6回の連載で順を追って解説しています。
今回はその中の4回目『等級と報酬の決定にレーティングはいらないについてお届けします。

★前回の記事を読む
成果主義人事の限界『(その3)成果主義人事の12の問題点』
大半の日本企業では年次や半期での目標の達成度に基づいて、個人の成績のレーティング(A・B・Cなどといったランク付け)を行っています。
そのレーティングの結果を用いて、等級や報酬額が決定される制度を構築している企業も少なくありません。
各人の処遇がレーティングという共通的な尺度によって決められるため、公平な仕組みのように感じられるかもしれませんが、レーティングと処遇を密接にリンクさせることによる弊害についてはあまり議論されることがないように思います。

レーティング自体の問題点については、前回の「成果主義人事の12の問題点」で述べたとおりです。


個々の問題点に関しては日本企業の人事の方々もかなり認識されていると感じます。
しかし、レーティングに応じて処遇を決める制度を長年にわたって運用してきたためか、その仕組み全体が当然のことのように組織に浸透しています。

多くのアメリカ企業がこの数年間で、年次や半期単位でのレーティングを廃止していますが、その話題になった時に人事の方々からいつも必ず尋ねられることがあります。
それは「レーティングなしに等級や報酬をどうやって決めるのか」という疑問です。

そもそも等級や報酬は何によって決定されるべきかを丁寧に考えていくと、レーティングはあまり必要でないことが分かります。
今回は、等級や報酬の本来の決定方法を再確認しながら、レーティングを軸とした現行の成果主義人事制度の問題点を整理したいと思います。

業績重視の等級決定の問題点

成果主義人事の限界『(その3)成果主義人事の12の問題点』
レーティングは年次や半期単位での短期業績に基づいて行われます。
会社によっては、行動や能力の要素を組み込んでレーティングを決める制度を採用しているところもありますが、過去1年や半年といった期間における業績評価は必ず含まれ、中心的なウェイトを占めています。

一方で等級の決定は本来、短期業績に基づいて行われるべきものではありません。
「その等級に求められる役割や職務を果たすための行動ができるか」といった、能力やリーダーシップによって判断されるべきものです。

どこの会社にも等級制度はあります。最近は役割等級制度を採用している会社が多いと思われますが、その制度では各等級の役割要件が定義されています。
そこでは、等級の決定はその等級に求められる能力や行動面の要件が満たされるかどうかで判断されることになっています。
しかし、等級の決定にレーティングが用いられることによって、短期業績に重きが置かれてしまいます。

短期的に業績を上げたから昇級させるというのは、いわば「ご褒美」のようなものです。実際、過去にご褒美昇格を乱発した結果、今になってたくさんの問題を抱えてしまっている会社もあります。

特にマネジャーへの昇進に関して、マネジャーになってからマネジメントの経験を積ませればよいと考えて業績重視で昇進させる会社もあります。しかし、そのような会社ほどマネジメントの教育機会が提供されないため、マネジメントできないマネジャーが大量に生まれるといった悲劇も生じてしまいがちです。

業績と能力を総合的に評価するというのはもっともらしい考え方のように聞こえますが、異なる尺度をごちゃまぜにしてしまうため、そのレーティングが表している意味が分かりにくくなります。その結果、評価エラーの温床にもなってしまうのです。したがって、能力・行動面での評価と短期業績の評価は明確に分けて考えられるべきです。

タレントレビューのプロセスが重要

成果主義人事の限界『(その3)成果主義人事の12の問題点』
昇格や昇進の決定に当たって、アメリカ企業ではタレントレビューというプロセスを、全従業員を対象として導入する企業が増えています。
これはそれぞれの部門におけるマネジャーたちが集まって、自分のメンバー1人ひとりの強みや課題、今後の開発方針などについて説明し、議論しながら昇格・昇進を判断するプロセスです。

この議論においては、能力や行動面だけではなくエビデンスとしての実績も考慮されますが、それはレーティングである必要はありません。
上の等級に求められる能力があるか、行動ができるかということを判断するために、どのような強みを発揮して何を成し遂げてきたかという内容が議論の対象になります。

タレントレビューで重要なのは、単に昇格・昇進の可否を判断するということだけではなく、上の役割を果たせるようになるために、今後、どのような経験や学習が必要かを検討するという「未来指向」の議論が行われることです。

例えば、マネジャーへの昇進に当たって、業績は上げているが等級要件で求められる能力発揮が十分でないといった場合には、昇進は1年待ってその間にメンバーをスーパーバイズする経験を積ませようといった判断が行われます。
あるいは逆に、能力発揮は十分だが業績を伴っていないといった場合には、役割や環境を変えて成果を出させる方法が検討されます。
過去の査定ではなく、将来の人材開発が重視されるのです。
このように、議論するというプロセス自体に意味があります。等級要件はどうしても抽象度の高い表現でしか記述できません。
逆に非常に細かな要件を定義している会社も見かけますが、あまり細か過ぎると今度は現実的に運用が困難になってしまいます。
そのため、等級要件自体は幅広い解釈ができるようなものであっても、それをもとに議論しながら現場で肉付けしていくプロセスが重要になるのです。
それによって各等級に求められる役割や行動の内容がマネジャーたちの間で次第に共有されるようになっていきます。

かつての人事制度の考え方は、人事部が精緻な制度を作ってそれを現場に下すというものでした。
しかし、人事部が決めてくれないから動けないといった受け身の姿勢では、現場におけるアジャイルなマネジメントはできません。
人事部はコンセプトをしっかりと示すけれども、実際にその内容を具体化していくのは現場で行われる必要があります。
人事部は、現場での運用がうまくできるように、例えばタレントレビューのためのワークショップを開催するなど、学習の機会を提供していく役割が求められるようになってきています。

報酬決定にもレーティングはいらない

成果主義人事の限界『(その3)成果主義人事の12の問題点』
以上のように、等級の決定にレーティングは必要ありません。
むしろ、レーティングを用いない方がよいといえます。
同様に報酬の決定に際しても、レーティングは必要ないことを解説します。

昨今の多くの企業は報酬を基本給と賞与に分けています。
アメリカ企業でもその傾向は同様です。
基本給と賞与はそれぞれの意味合いが異なります。
基本給はその人の役割や職務に応じて支払われるものです。つまり、等級に対応しています。
そのため、(細かな技術的な議論はここでは割愛しますが)基本的には等級が決まれば基本給も決めることができます。
したがって、基本給の決定にレーティングは必要ありません。

そうなると残るは賞与のみですが、賞与を決めるためだけの目的で、わざわざレーティングを行う必要もありません。
賞与の本来の位置付けは会社の利益の還元です。つまり、その期に儲かったから従業員に報いるというのが賞与本来の意味であるため、従業員の短期業績に応じて支払うのが合理的です。

全従業員を母集団としてレーティングを行い、それに基づいて賞与を決めている会社も少なくありません。
すべての従業員に共通の尺度が適用されるため、一見、公平な制度のようですが、この方法にはもともと無理があります。
部門や職種が違えば成果(業績)の内容が異なるため、そもそも相対比較できないものを強引にランク付けしているからです。

レーティングを廃止したアメリカ企業が行っている一般的なやり方は、賞与原資を部門に配分して、それぞれの部門において賞与配分を決定するという方法です。
現場に配分を決めさせるのは乱暴なように感じられるかもしれませんが、実は非常に合理的で効果的な方法といえます。

まず、賞与原資を部門に配分する段階で部門業績を織り込むことが可能です。
それによって、個人業績だけではなく部門全体の業績を向上しようとするインセンティブを高めることができます。
さらに、賞与原資を個人に配分する段階では、部門業績に対する貢献度を判断すればよいため、全社一律で行うよりも具体的な検討ができます。

部門業績に対する貢献度を判断するためには、何が自部門にとって評価されるべき成果かが明確になっていなければなりません。
そのためには、目標設定が重要になります。目標設定段階において、自部門の戦略は何か、何が今期のプライオリティかが十分に話し合われていなければ、賞与決定の段階での尺度が曖昧になってしまうため、しっかりとした目標設定の検討が促されます。

部門の原資を個人に配分する段階でレーティングを用いるという考え方もあるかもしれませんが、相対評価によって正規分布させる方法は望ましくありません。
なぜなら、個人のパフォーマンスはもともと正規分布しないため、無理に正規分布させることは現実を歪めてしまうからです。
それよりも、貢献度の高かった人に多くを配分し、それ以外はあまり細かな差を付けないといったやり方の方が、動機付けとしても効果的でしょう。


以上のように、等級と報酬の決定に当たってレーティングは必要がありません。
皆さんの会社でも従来の方法に縛られず、本来の目的に立ち返って望ましい方法を検討されることをお薦めします。

~前回までの記事を読む~

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ゲストプロフィール

松丘啓司
松丘啓司(まつおか・けいじ)
株式会社アジャイルHR 代表取締役社長

1986年 東京大学法学部卒業。アクセンチュア入社

1992年 人と組織の変革を支援するチェンジマネジメントサービスの立ち上げに参画。以後、一貫して人材・組織変革のコンサルティングに従事

1997年 同社パートナー昇進。以後、ヒューマンパフォーマンスサービスライン統括パートナー、エグゼクティブコミッティメンバーを歴任

2005年 企業の人材・組織変革を支援するエム・アイ・アソシエイツ株式会社を設立し、代表取締役に就任(現任)

2018年 パフォーマンスマネジメントを支援するスマートフォンアプリ「1on1navi」をリリース後、株式会社アジャイルHRを設立し代表取締役に就任し、日本企業のパフォーマンスマネジメント変革の支援をミッションとして活動中

著書は多数に上るが、「1on1マネジメント」(2018年)はピープルマネジメントの教科書として多くの企業で活用されている。「人事評価はもういらない」(2016年)は人事だけでなく一般の読者にも広く読まれるベストセラーとなった。

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