利便性が向上すれば、利便性に対する対価を支払う必要があります。
極端な例ですが、食器洗い機がなくとも食器の洗浄は可能です。
食器洗い機が、無駄という意味ではありません。
食器洗い機を利用すれば、手間が省けて省いた時間を有効に使えます。
安価な食器洗い機が3万円として高機能品が10万円と仮定すれば、洗浄時間の違いに止まらず、汚れ落ち・節水機能・洗い物容量の違い・機器の手入れなど価格に比例するように利便性が向上します。
同様に不安を解消して安心を求める場合も対価が必要になります。
不安という魔物は、心の奥深くに潜んでおり、不安解消=安心を得るためには躊躇なくお金を使うようです。
例えば、これまで泣き寝入りすることが多かった「あおり運転」に対して、動かぬ証拠を突き付ける有力な手段として急速に普及しているドライブレコーダーは、安心のための機器の代表例だと思います。
一般的に2万円~5万円程度の価格が多いドライブレコーダーの寿命は意外と短命の1~3年と言われ、記録媒体のSDカードにも寿命があり、定期的な動作チェックをしていないと「いざっ」という時に記録されていない事態になってしまうと意味を成しません。
「保険に入っていた方が安心ですよ」という勧誘文句を耳にすることがあります。
保険は「安心のため」に加入するのではなく、万が一の際に必要な金額を確保するためのものです。
そのため、必要となる金額を最小限度に止めておかないと保険料負担が家計を圧迫する事態になり兼ねません。
例えば、生命保険の場合、被保険者である方が亡くなって失われる収入を補填する目的が圧倒的多数です。
被保険者がお亡くなりになることで収入が途絶え、生活費等の困窮が起こるのであれば、『生命保険に加入する必要がある』と考えられます。
裏を返せば、生命保険に頼らなくとも困窮が回避される見込みがあれば、生命保険は不要となります。
ということは、ご遺族の生活費困窮は、「いくらなのか?」が最も重要であるはずです。
これを知らずして保険に加入するのは、「真っ暗な夜道を無灯火で突き進む」という状況だと思います。
この困窮を査定する手掛かりは、現在の生活費、お子様の自立時期、配偶者の余命、遺族年金の概算、貯蓄残高、死亡退職金等、配偶者の就労状況、教育費など年齢や時期によって変化する生活費以外の支出状況などを調べると役に立ちます。
これら「便利・安心」について「コストがかかる」ということは、「当たり前」と言えば当たり前として既にご存じのはずですが、当たり前すぎて必要性に対する意識が薄れてしまいがちです。
今回の例題では「必要性が高い」と考える人は多数かもしれませんが、意識が薄れていれば、そこには壮大な「無駄使い」が潜んでいないとも限りません。