『予測の不確実性と複雑性への対処法』理論から学ぶ「エフェクチュエーション」vol.4 Author:大島 直彰

2021年7月27日|カテゴリー「『ビジネス思考力』コラム
現代社会はVUCAの時代

現代社会はVUCAの時代と言われていますが、Volatility(変動性・不安定さ)Uncertainty(不確実性・不確定さ)Complexity(複雑性)Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字からなり、目まぐるしい変化と予測ができない現代の社会環境を言い表した言葉です。昨年来からのコロナの感染拡大から、幾度となく出される緊急事態宣言、ワクチン接種が進みはじめたものの、様々な変異種の発生により、感染拡大を繰り返す状況は、今なお続いています。VUCA時代まさにこの言葉の意味を強く気づかされる機会になっています。

さて皆さんの企業で、2021年、2021年度、外的環境、内的環境含めて予測がたてづらい状況下どのような目標設定がなされたのでしょうか?当然業種、業界においておかれている状況はさまざまかと思いますが、企業が事業継続していくために当然利益確保、そのために多くの企業でこれまでの実績ベースで、明確な数値目標をたて目標達成のための組織目標、個人目標へとブレイクダウンさせていく形をとっているかと考えます。

こういったやり方、組織や個人に目標達成のためにいかに取り組むか?どんなやり方や手段でもってそれを実現させられるかを考える「目標分析型スタイル」と言えるでしょう。一方状況に応じて持っているスキルノウハウで新たな価値を創造し新たに目標を創造していくやり方、数値目標も可変的な取組スタイルを価値創造型、目標創造型とすると、これらがエフェクチュエーション的な取組方であると言え、多くの企業で取る前者の目標分析型スタイルがコーゼーション型と言えます。


キャリア論の観点からエフェクチュエーションを語る

さて今回のブログでは、エフェクチュエーション理論をキャリア論の観点から少し語らせていただきます。

このブログをお読みいただいている方に「キャリアとは」を説くのもいかがとは思いますが、「キャリア」の語源になったのは、ラテン語「carrus」=轍(車輪の通った跡)「キャリアを積む」のように使われるが仕事の経歴だけを意味するわけではない。「キャリア」とは人生を通じて歩んでいく経歴そのものと捉えられます。エフェクチュエーションは、その理論形成にいたった研究そのものが、起業家のキャリア分析に近いところにあります。ここではその研究方法いついて詳しくは記載しませんが、研究対象となった熟達した起業家に対してそれまでの経験上における意思決定の質問をされています。意思決定はまさにキャリアを考えていく上で重要な要素であります。

前回のブログでもマーケティングにおける教科書的モデル(コーゼーション)とエフェクチュエーションの比較図を提示しましたが、ブログ著者の仮説としてキャリア形成においてもコーゼーション的アプローチとエフェクチュアルなアプローチの比較図を以下に作成してみました。


コーゼーションとエフェクチュエーションモデル仮説
【現在主流となっているマーケティングの教科書的モデル(コーゼーション)とエフェクチュエーションの比較】
「エフェクチュエーション 市場創造の実効理論」著:サラス・サラスバシー 監訳:加護野忠男 訳:高瀬進 吉田満梨 図2-1をもとに当ブログ著者が作成

コーゼーションとエフェクチュエーションモデル仮説

【マーケティングにおけるコーゼーションとエフェクチュエーションの比較を元にブログ著者がキャリア形成におけるコーゼーションとエフェクチュエーションモデル仮説として作図】


日本の就職活動を例にとると分かりやすいかと思いますが、労働市場、新卒一括採用市場というものを前提に、働きたい会社、業種、職種といった就活目標、キャリア目標をたてそのためのスキル分析、自己分析をしていくといった現状の就職活動の流れがコーゼーション的とアプローチとすると、労働市場、新卒採用市場がない、または予測確実性が低い場合に、自らの持っている手段または手段づくりから始めて、パートナー形成、環境変化への適応を経て、熟達領域を増やしていくというのがエフェクチュアルなキャリアアプローチとしています。
1990年代中頃から後半にかけた就職氷河期の世代の多くは、新卒当時エフェクチュアルなキャリアアプローチを余儀なくされた方が多かったかもしれませんが、その一方で起業家人財も多くいるのも確かかと思います。
そしてここで言いたいのはそれぞれのアプローチが良い悪いではなく、両面のアプローチを知っておくことなのではないか、特に人生100年時代、長期に渡って働くことが必要な時代が来ています。時にコーゼーション的にキャリアを考える、時にエフェクチュアルにキャリアを考える、社会の変化、技術の進化が急激な時代だからこそキャリアの考え方にも流動性があった方がよいのではないかと感じています。そしてすでに世に出ているキャリア理論にもエフェクチュエーションと親和性の高いものがありましたので今回のブログではその3つのキャリア理論を簡単にご紹介しておきます。

 一つ目は、ハリー B.ジェラット( Gelatt B.Harry )積極的不確実性「Positive Uncertainty Decision Making Theory」。
この理論を簡単にまとめると「未来や自分の将来は、未知であり不確実なものだ。不確実なものだからといって、諦めたり流れにまかせるのではなく、自ら積極的にその不確実なものに取り組んでいく(意思決定)べきだ。」という意思決定理論です。実は理論形成初期は、「予測(予期)システム」→「価値(評価)システム」→「基準(決定)システム」というコーゼーション的アプローチを推奨していたが、その後研究を進めていく中で、情報は限られており、変化し、主観的に認知されたものである。そして意思決定は、目標に近づくと同時に、目標を創造する過程でもあるし、
キャリアデザインは、不確実なことに積極的にかかわっていくプロセス的意思決定論を打ち出した。これはある意味エフェクチュアルなキャリアアプローチに近いものと言えます。ジェラットは、前期理論を完全に否定したのではなく、コーゼーション的アプローチ、エフェクチュアルアプローチの両面の必要性を説いていると考えます。

 2つ目は、ダグラス.T.ホール(Douglas T. Hall)プロティアンキャリア 「Protean Career」。
この理論は、関係性アプローチと言われ「キャリアは、他者との関係の中で互いに学びあうことで形成されていく。変化の激しい現代においては、依存的ではなく、独立的でもない、相互依存的な人間関係の中で学び続けることによって「変幻自在なキャリア(Protean Career)」を築いていくことができるとするもので、これはエフェクチュエーションにおける手中の鳥の法則「whom I know」クレイジーキルトの法則やまさにコ・クリエーションを通して目標/キャリアを変えていくことと近いものではないかと考えます。

最後に、比較的日本の社会人でも知っている人が多いかもしれませんが、ジョン・D・クランボルツ(John D. Krumboltz)計画された偶然理論 「Happenstance Learning Theory」。
「偶然の出来事は人のキャリアに大きな影響を及ぼす。その予期できぬ出来事をキャリアの機会ととらえることができた時、その人に望ましいものとなる」とする理論で『キャリアの80%以上は予期していなかった偶然の出来事によって形成されている』ことを突き止めるとともに、成功したビジネスパーソンたちは何もせずに偶然の幸運や良い出会いが湧いてきたわけではなく、『自分を良い方向に導いてくれる偶然が起こりやすい5つの考え方や価値観・実際の行動力』(好奇心[Curiosity]、持続性[Persistence]、柔軟性[Flexibility]楽観性[Optimism]、冒険心[Risk Taking]』を持っているとしています。これらはエフェクチュエーション理論の『許容可能な損失の法則(アフォータブルロス)』『やレモネートの法則』といったところと非常に親和性が高いのではないか?そんなことも思います。

予測の不確実性と複雑性の高い現代社会を生き抜く

エフェクチュエーション理論が世に出た以降、心理学的特性に関しての研究やキャリア理論との相関研究等、論文のあるなしに関しては今一度検証が必要かとは思いますが、すでにあるキャリア理論を通してエフェクチュエーション理論を読み直して見ると、この理論が単に起業家を世に生み出すための理論だけではなく現代社会を生きる人間、働く人々にとっても知っておいて損でない理論なのでないか?また世にエフェクチュアルアプローチを知り、様々な局面でコーゼーション的アプローチとエフェクチュエーション的なアプローチをうまく使い分けられるようになることが、予測の不確実性と複雑性の高い現代社会を生き抜く上では必要なのでは、そんな風に感じる今日この頃であります。


大島直彰 氏
大島 直彰(おおしま なおあき)講師

【経歴】
神戸大学経営学部卒 1993年関西テレビ放送(株)入社、2020年9月に関連会社である(株)関西テレビハッズに出向、新規事業推進室長(カンテレHRアカデミー長兼講師)

(多摩大学経営情報学研究科 経営情報学専攻修士課程MBAコース2012年修了 経営情報学修士 組織学会会員)



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