ある週末の朝、食料品を買いに近所のスーパーを訪れた。
買い物かごをレジの前に置き、カバンの中から財布を取り出し、会計の準備をする。
目の前では愛想のない男性の店員が黙々と前の人の会計をしていた。
――― …あれ?
今、取り出した財布…、手に持ったはずの小銭入れが、手の中に、ない。
――― そんなことあるか?
いやいや、確かに今、手に取った…、手に取った、ような気がする。
周囲の地面を見回した。
しかし、見慣れた小さな黒い四角形のそれは見当たらない。
――― 一瞬、レジの店員に気を取られた隙に落としたのか?
左手の中には二つの財布があった。
そもそも、財布を手に持ち過ぎていたのが問題だった。
家の財布と、自分の財布、そして自分の小銭入れ。
そんな事態とは裏腹に、レジは進み、私の買い物カゴが引き寄せられる。
――― 3つを左手に持ったよな…って、本当に手に取ったのか?
カバンの中に手を突っ込み、二度三度、確認してみた。
しかしやはり、小銭入れは見当たらなかった。
焦っている私をしり目に、無表情の店員がレジを打ち続ける。
――― そもそも今日、その小銭入れをカバンの中に入れていたのか?
最後に小銭入れを手にした記憶はいつだ?
レジを打ち終わった店員が私に視線を向ける。
――― うっ…。
仕方なく、一旦会計を済ませた。
会計を終わらせても、レジの周りにじろじろ目を配る私。
そんな私に声をかけない無情なレジの店員。
――― 今日は小銭入れを持ってこなかったのかも知れない…。
きっとそうだ。
自宅に電話した。
「小銭入れ?ないよー」
と妻の能天気な声に、淡い期待はもろくも崩れ去った。
その小銭入れの主な内容物を思い出す。
小銭とコンビニのポイントカード、そして、交通系ICカードPASMO だった。
――― なくした場合の影響は…。
急ぎ、被害総額を算出する。
――― 小銭は入っていたとしても1000円未満、ローソンのカードは
700ポイントくらい、ファミマは100ポイントかな。
PASMO はこの前、10000円チャージしたから、少なくとも
7~8000円は残ってる(定期券はなし)。
ということは、総額 10000円いかないくらいか。。
そんなことを考えつつ、PASMO よりも、こつこつ貯めたポイントカードを無くしたことの方がショックだった自分に気が付いた。
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その場で頭をフル回転させた結果、取った行動は3つ。
1. このスーパーで財布を紛失した可能性があることを申し出、小銭入れの特徴と自身の連絡先を「親切そうな店員に」伝えた。
2. 最後に小銭入れを手にした記憶のある、昨日訪れた別のスーパーに届けられていないか問い合わせをした。
3. PASMO の利用を停止し、再発行の手続きを行った。
結局「2」のスーパーには届けられておらず「3」の手続きをすることに。
再発行で学んだのは、次の3点。
・対象のPASMO が特定できれば即時に利用停止することができる
→ チャージしたお金は確保!
・再発行は申請した翌日以降、14日以内に手続きをしなければならない
→ 再発行すれば、チャージ情報や定期情報はそのまま使える!
・再発行時の手数料は1,010円
→ 新規カードのデポジット500円と、手数料510円の合計
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PASMO の利用を停止して心が落ち着いた。
よくよく考えれば、小銭入れにはクレジットカードが入っていなかったので、10,000円以上の被害は無い。
ポイントカードは惜しかったけど、それは貯めた手間暇が惜しかっただけで、たかがポイント。
金額にすれば1,000円に満たない額。
落ち着いて振り返った結果、再び落ち込むこととなった。
思い出したのだ。
お金よりも何よりも、あの小銭入れは、結婚する前に、妻が私にくれた初めてのプレゼントだったことを。。。
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その夜、携帯の着信履歴に気付いた。
見慣れない電話番号。
インターネットで検索すると…、紛失を申し出たスーパーの番号だ!
この日、心はジェットコースター。